日々、青春謳歌

私には私の風が吹く?「嬉しいな」「いい気分」を発信していきたいなと思っています✌

クソババア😈😈😈②

最近我が家は別居、離婚話が出ていて、時々ふと湧き出てくる思い出とかそういえばこんなことを感じたなあなんて振り返っています。



その一つにガクッと絶望したというかその頃の気持ちの持ちようがはっきりとシフトチェンジした感があった出来事があって。

GACKTの 格゛言集 (ガクゲンシュウ)


その時は違った捉え方をしていたのですが、色々と、安心安全な場に(自分の感覚を正直に捉えられる場ということ)改めて身を置くと、いややっぱりちゃうやろ。と自分の中のその当時向き合いたくなかった現実を見られるようになった気もします。





それは

この自分が息子の成長を感じまたいつか将来自分の手の届かない将来が来るんだなという期待とさみしさを覚えたこの日の帰りにありました。



http://nico3939.hatenablog.com/entry/2017/03/10/120909


この日帰りに主人のははと電話で話していて
この記事にも書いたように

http://nico3939.hatenablog.com/entry/2017/06/29/234502

「⭕⭕あんな遅くまで仕事でびっくりしちゃった。

ニコちゃんがさみしくなかったら、平日はうちに来るようにしたら?」
という提案をされました。



でなんかモヤモヤしたんですが、その当時の夫は激務で数回会社のそばに家を借りたら?とかホテル借りたら?なんて話したりもしていましたが主人には主人のペースがあり、自分で決めることだから私は私のベストをやったら特にいうこともないと思っていました。


で、上の申し出があり渡りに船だなくらいの感じで聞いていたんですがわたし的にはこの


「ニコちゃんがさみしくないなら」


がひっかかってはいたんですね。

で過去のブログでは自分の現状的に心身の疲れもあって感じられなくなってるから鈍っていたのかな?となんてまとめていました。



さみしいって感じたからってやることあるのにみたいな闘士みたいになってるのかなって。




でも、最近違うよなあって。

Sassyのあかちゃんえほん にこにこ







何が違うって私の態度がなんです




大事な夫の大事な仕事にとってプラスになりそうなことを私がダメって言うはずはないんです。






さみしいっていう気持ちが今あったとしても、それを内包しつつも一緒に二人で未来ないしそれにつながる今を作ってる、だから今は自分のパートのベストを尽くそうって私は思っていました。



でも、さみしくないなら大変だから泊まらせてあげてってただの重荷のようですよね。



両翼で社会の中の⭕⭕家と⭕⭕家の中身2つ同時に存在していて私は中身を担っていると、大変なこともあるけど楽しいことも感動することも色んな感情、体験という豊かさを得ながら働いているつもりでした。






だから、このことがあってからさらに私は夫が仕事でいなくても自分のやりたいこと(仕事も含めて)を出来るシステムづくりに走っていくんですが、皮肉にもこのことで日々の生活に余裕ができて自分の見たくなかった現実を感じるようになっていったように思います。






どうも
私たちは両翼ではないようだ。
私は重荷だと思われている。





がっかりです。認められなかった

自分に。






大体夫は大人で自分の実家に泊まりたかったら自分で泊まるって言える人なのになんでお義母さんに泊まらせてあげてなんて言われてるの?





なんで⭕⭕くんの言葉を代弁するかのように言われなきゃならないんだろ。





この10年ずっとそばにいたのは私だよ。
あなたじゃない。





対等な大人として見たときどんなに大変そうに見えてもそれをやると言っている夫を信じているなら、口出しすることは違う。




出来るっていうなら出来るって思ってた、私は。



でもお義母さんが可哀想って言うってことは




夫は自分で自分のつらさもパートナーに言えないような人だったのかな。



私は夫がママから言ってもらわないとならないような人だとは思ってなかった。



私はお義母さんとママ友ではない。








くわえて



⭕⭕夜は遅いから食べてくるよね、でも小腹に夜食とかなんかこれっていうのある?と聞かれいつも豆腐とめかぶは定番で食べてるのでその2つはあると嬉しいと思います。と答えると













「え〜夜それしか食べてないの〜?可哀想な感じ〜」











「、、、」
小腹にいれるものを聞かれたと思ってこたえたのと
その当時食べるか食べないかわからなくても夕飯も作っていたので、その時何が可哀想なのかピンときませんでした。




今なら一言


うるせえクソババア


ですが





でもその時私の何かがへし折られたんだと思います。
ミシミシと。







それが時間をかけて折れていって、折れていっていることにも気が付かないうちにポッキリ





木も折れるとき勝手にミシミシ音を立てて倒れますよね。



ただ気をつけないとならないことは私の事実は確かに
大変なこともあるけど楽しいことも感動することも色んな感情、体験という豊かさを得ながら働いていたことなんです。




人から見たときはそうではなくても確かにその当時私は両翼の片方であった、私の中では。





だから何も失くなってはいないんです。
何も私の事実は変わっていない。






だからこのまま改めて舵を取り直すだけです。





ありがとうございました😊🌸