日々、青春謳歌

私には私の風が吹く?「嬉しいな」「いい気分」を発信していきたいなと思っています✌

万人のいろんな状況にとっていつも完璧な人間なんて人間じゃない

より良くなろうとしていくということとは別で。



私は結構まわりから気持ちをよく分かってくれてる気がするだったり、なんでか味方でいてくれてる気がする


子供に戻った気になれるとか言われたりすることがあります。



これはただの感想なのでわたしへのほめ言葉とかそういうことじゃなくてなんかそうなんだろうなと思います。



私は別に相手を思ってということじゃなくて、細かい人間なんです。


相手に興味があったり、好いてくれてるんだろうなと感じるなら(男女問わず)
相手に興味が細かいところまで、フイットさせていきたいな、やりとりしてみたいなって思うそれが相手からそう感じるんだろうなって思います。





もし、それを長所というなら長所でしょうが、そう捉える人は状況が変われば短所としても捉えるように感じます。





私が産後のときに自分では普通の感覚のことを結構徹底して神経質、細かいと言われたことが本当にダメージでした。




夫、母、義母


でも、みんな通常時は気が利くねとか、言ってくれていて。

でも、産後、授乳時にキャップをつけてるから人前でしたくないと夫に伝えると親戚だぞ!母親のくせに!と怒られました。



具合が悪いと立場が弱いとすごく迷惑そうな捉えられ方をされたように感じた。




どんなときだろうと細かいし、神経質だから私なんですよね。

私の友人たちはだから私を信用してくれてる。





なんかずっとおおらかじゃないといけないように思ってたけど、私の細かいところをいいときは当たり前に受け入れても自分にとって損になった途端めっちゃ攻撃してくる。





そういうの疲れました。ずるいよ(笑)




だから、もう神経質で細かい私でいい。それでいい。




そのかわり興味のないことは全くなんでもいい。


そんなバランスのとり方を自分に許して生きていきます。




ありがとうございました😊

すごいなぁ😊

私は、地味にいつも感動というか超人的!みたいに自分以外の人のことを思ったりしているので、すごい!みたいについ言っちゃいます。



マジで!すごいね!



みたいな


だけど、時々あれ?勘違いされてるかなって?思うのが、その人のそういうところすごい!とは思ってるからといって私という人間が劣っているとは微塵も思っていないということです。



だから本来勘違いを避けるのなら、すごいって口にしないほうがいいのかもしれないのですが、それはその人を褒めてるわけではなくてただの感想なので、出てしまう、それに近いのかなっておもいます。





素晴らしい滝を見て、すごーい!迫力!って思ったからといって私はあんなふうによだれや鼻水、涙は流すことはできない!だめな人間だ!と頭をかかえたりはしないということに近いと思います。





だから、今でこそもういませんが、昔は〇〇コンプレックスでしょ?的に言われても、それこそ滝と比べられても的な感じで流していました。


滝じゃねーしみたいな





というのか、流してもしつこく言われて、私がおかしいのか?と頭を使って考え出したんだと思います。



で、やっぱり頭で考えても元々感じていたままでいいんじゃないのかなと。




だからなのか、最近本が全然読めなくなってしまって、その代わりというのか好きな人たちの動画とかなら見られるので、ぼんやり幸せな気分で見ています。




若い頃、妹がお姉ちゃんの買う雑誌って文字が少ない、写真ばっかりだよね、と言っていたのが今更ながら腑に落ちています。



正直に言うと好きな雰囲気の本しか読めません。
内容が硬かろうが物語だろうが一緒デス。



カタカナとか苦手でチカチカして頭に全くはいりません。




それに拍車がかかってきたなぁと思う今日この頃。


で、そんなだから、昔主人のお義母さんが何か私の好きなことやってて。(何かは忘れた)



👧私  それすごくいいですよね!さすがお義母さん!


とか盛り上がって言ったら


👵ニコちゃんはまだやってないの?と言われて


👧ずっと前からやってます!



と答え変な顔されました。



誰かのやってることをすごい!と言ったら自分も同じことをしてるからすごいのかといえばすごい(笑)


どうでもいいんですよ。


楽しければ。




ちなみにタメ語敬語も分けるのが面倒くさいから問題少なさそうと思ってみんな敬語。


年齢とか関係なく。


そういえばお兄ちゃんが赤ちゃんのときとか地味に
食べますか?とか話しかけていたかも。




みんなすごいということは私もすごい。


みんなすごくないなら私もすごくない。




なんかみんなすごい、私もすごいのほうがワクワクするのでそっちを採用します。




ありがとうございました👱👱👱

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どうしたのかな?

最近感じたことがあって、赤ちゃんとか子供が、泣いてるときって、痛いのかな?とかおしり気持ち悪いのかな?って思ってそうきいたりします。



うまく伝えられないんだなってときはただ背中ポンポンしながらそばにいたり。


で、その泣いてるときって何か感情というものを存分に感じてるときで。



イメージとしては美味しい高級なお肉を食べてうま~い!!!!って噛み締めたり味わってる感じに近いのかもしれないと思いました。




だから、不快なことなら大人として対処してあげるけど、そういうときはただそばにうんうんって一緒に感じてみたいなって思います。




で、これって私は結構普通のことかなって思っていたんですが、よくよく思うとそうじゃないのかなって思って。




私が落ち込んだり、忙しそうにしてるとみんなが手伝いに来てくれたり、連絡くれるんですが、私としてはこの怒涛の日々を楽しんでいます。




何してほしい?これいる?ってすごくきかれてもこの環境を感じて、そこから得た情報というかエッセンスで、決めていくから、状況として大きく変化を促すようなフォローは求めていない





映画を見ていて、とてもいいストーリーで。



それを頭の中で何度も何度も反芻して味わってるときに。











で?だから、どうしたいの?好きに動いてもいいけど迷惑かけないでよね?

で、その映画みたから何なの?


で、どうするの?何したいの?

自分はそれをするのに何したらいいの?











ときかれても映画の細かい描写に自分の中でピンとくるものがあったのに、そこはへぇーで流されて、
また何したらいいの?







いや、いいよ。別にラブストーリー見たからって別に恋愛したいわけではないし、ダイナミックな映画見たからってダイナミックな生活を送りたいと言うわけでもない



ましてや動物の話見たら、





じゃあ、動物園で働くから、あそこで作業着買ってきて



なんて映画見た直後に決められない😑.+
いいじゃん、何も思わなくたって






あげくの果てには物語全体を見て、空気感だったりいい映画だななんて味わってる横で、






ああいうエロい映画好きだよね(笑)
(実話で至って普通の日本映画でした)



みたいなカテゴリーワケしてくるやつと映画とか見たくない。






映画館でた直後に







で?今見た映画みて、何したくなった?




みたいなコミュニケーションは私は好きではないです。

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先日行った井の頭公園😊





ゆっくり味わって腑に落ちたところで話したり、日常に落とし込んでいく。




そんな毎日を一緒にゆったり楽しめる人たちが好きです。






ありがとうございました😊

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自分のお腹の中の人の声👧👧👧

自分お腹の中の人の声を丁寧に聞いていくと幸せになる


ということは


例えばみんなで豚骨醤油が有名なラーメン屋さんに行って。



みんなやっぱりわざわざきたから豚骨醤油頼む


自分も頭では豚骨醤油なんだけど、メニューみたらネギが載った味噌ラーメンがめちゃくちゃ美味しそう、、、



そこで、豚骨醤油にするのか、味噌ラーメンにするのか


友達とワイワイ同じものを食べたことを楽しむことが目的なら豚骨醤油



それともお腹の中の人の味噌ラーメンのお願いを聴いてあげるのか


どちらも美味しそうだけど



、、、、






ネギ味噌ラーメン!!にする





この瞬間お腹の中の人のワーイ!!という声が聴こえる




ありがとう!聴いてくれて!



どういたしまして




ネギ味噌ラーメンきてみたらめっちゃ美味しい😍😍😍😍 



食べたいもの頼めた喜びと美味しい喜びとお腹の中の人と美味しいねって言い合える喜び、これは豚骨醤油にしたときに得たかった体験、感覚とおんなじだ、、、




際限なく幸せで😊



嬉しいからみんなと多少意見がちがくても全然気にならない



次来たらみんなの美味しいっていう豚骨醤油も食べてみよ!


また来るの楽しみだね!




そうやって小さいトイレ行きたい、とかお水飲みたいっていう感覚、お願いを叶えていくとお腹の中の人の信頼感もアップして喜んで。



小さくても喜んでること小さい信頼感が続くから少しずつ大きいこともやってみようかなってなってあの頃思っていたずっと好みの幸せ〜を体験できるようになっていくんだろうな



だから今、自分のお願いをきいてあげる、座るとか横になるとか



それがきっと幸せへの道なんだろうなって思います。




ありがとうございました〜😊

ぽぽちゃんお下がりを着る👧👧👧

末娘ちゃんのぽぽちゃん


お洋服を脱がせることが少しずつ出来るようになってきて、時々裸で寝てるぽぽちゃん



さっき用があって一階に降りたらソファの上に裸のぽぽちゃん


今日は雪も降って寒かったので、いつものお洋服を着せても寒いかなと感じ、娘ちゃんのお下がりを着せてみました。

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そんな春分でした!



ありがとうございました。

個人個人の好みというのはおいておいて

そう、

この感じなんです。


http://www.mag2.com/p/news/352573/3

絶対はない

子どもたちは今のこの世界の中でベースが自分の感覚とは違うところをいきている


だから、いつかは違う電車に乗っていくのかなって感じます。



でも、だからこそ自分の大事にする感覚を決めていく
過去未来を見て



それがあうパートナーと未来を作っていく
で、そのパートナーは親よりも自分と年代が近いのが多いのはこういうことなのかなって




いつか親たち世代とはずれていく(これも絶対ではないけど)





どうしたって自分一人を生きていく



でも新たな仲間が現れてきて


自分を生きていく、自分電車に乗ると覚悟できたら、そこは自分にとって居心地のいいところであるしかない







ありがとうございました😃🏖

本田晃一さんのブログ😊😊😊

こちらを拝見して
https://ameblo.jp/hondakochan/entry-12361762991.html

以前書いた人工知能というこれを思い出しました。

http://nico3939.hatenablog.com/entry/2017/02/27/225245


どういうことを体験したいのかということ


それでぼーっとお風呂に入ってたら急に私の得意なことを思い出しまして


あぁ、これが私の体験したいことなんだとはっきりしました。


秘密ですけど



ありがとうございました。🤗

どんなときにも笑える時間があったんだ😊😊😊

私は子供の頃終戦記念日の8/15にとても苦手でした。


夏休みのテレビが戦争の特集で、目にすると

その夜は大抵

自分の家の窓から空襲を受けて火事になっている家が見えるという夢や
  

自分の家の屋根の上を攻撃している飛行機がブンブン飛んでいるという夢



そんな体感を伴っているように感じる、ほとんど本当に起きている感覚の恐怖で全く寝られない(今思うと寝ていたのか、なんだかよくわからない)で一晩中冷や汗ザワザワしている時間を過ごすということが数年続いていて。




とても怖かったです。



そういう話をきける土壌が全く自分の体にはありませんでした。




そんな私だったので白黒写真とかもなんだか怖かったです。



で、末娘ちゃんの妊娠がわかったとき。


とってもとっても産みたかったけど、本当にやっていけるのかなって不安で肚が決まらない



そんなとき、たまたま見たこのこうの史代さんのこの本だったか、違う本だったかのレビューの中に

https://amp.natalie.mu/comic/news/274229

ある年輩のかたのお話があって。





その方のお母様が広島の原爆が落ちて2,3日後かにそのあたりに5歳と3歳のお子さんを連れてお腹にその年配の方を妊娠した状態で疎開のために電車で里帰りするためにいた(多分その土地の深刻さというのかはまだ人々に伝わっていなかったのか、でも、目の前の光景は、、、ですよね)と言う記述を拝見しました。




物凄く驚いて。





ちょうどまさに上の子たちの年齢も近く、体感も近いその感じで、そういうことを体験されてる方がいたんだと(そういう方々が沢山いらしたということは想像できるのですが、まさに自分の体感そのものに近い感じということが自分としてはドンときました)




で、その方はお母様はいつも楽しそうに笑っていたみたいに回想されていて、そのお腹の中のその方も今も元気です!とレビューされていて。




なんかその大変だと思われる時代(自分が思う以上のご苦労はあっただろうということは重々重々承知の上で)に笑ってる人がというか、笑える一時があったんだ、ということに気がついたときに、なんか大丈夫な気がするかもって、思いました。



乗り越えてやるとか強い母ちゃんになってやるとかそんな勇ましい感じじゃなくて(笑)



怖がらなくても、大変かもでもやっぱりきっとその中にはわー楽しい!ってことや普段の笑いもあるよね、て思いました。



何かに取り組むとき我慢でやり抜く、は私にはやっぱり無理です。




そんなことを思い出しました。




ありがとうございました😊

反抗期からの〜🤗🤗🤗

ここ最近の自我の芽生えというのか解放というのか、反抗期的なことを散々ぱらやってみて。(笑)


同じ立ち位置ではいつまでもいられないのだ、という感覚がその都度、怒涛の如くやってきていました。




それは自分自身に還ればかえるほど、いつわれない


人との、親との、子との関係性においても。



ゆっくり出来るように💞💞💞私の毎日を楽しくさせるドラム式洗濯機 - 日々、青春謳歌

http://nico3939.hatenablog.com/entry/2017/06/13/233611



この記事にも書いたように、私達はきっと誰かのわっ!嬉しい❤のためにやっぱり働いたり動いてる。


自分が満たされれば満たされるほどきっとそう。



で、時代はどんどん私達の重労働の部分を軽くしようとしてくれていると私は思っている





それはものすごく働いてくれている人たちに感謝しないとかそういう誰かのことを言っているんじゃなくて、私にも出来ることがありそう、今なら。



そんな優しい感覚、応援してくれてる感覚をもたせてくれている、進化して来た今に喜んでいる感じです。



今を作ってくれた過去、未来の先人、また私の生活を作ってきてくれた周りのみんなに心から感謝しています。




そのうえで最近の反抗期をバリバリバリバリ!!!
とやってみて、そんな私もあり!!!なんだ!こういう風に思っちゃう自分も仕方ないのだーーー!!!(人について何かを言うということを子供っぽい行動だと子供の頃から物凄く感じていた)
と思いっきり罪悪感ともう、肯定するぞという気持ちを自分の中で体感して


ハァハァやりきってorz、、、








ふと、朝、子どもたちを見たとき、この子達もこの進化していく地球の上できっと、ベースとして自分より底上げされている世界で生きているわけで



きっと私の想像しうる世界のそのさらに外側へと行くのだろうと思ったとき




あの私が思いっきり感じた今までいた世界にはいられない(その逆に行ってみたい世界に行ける、というジレンマ)(ワクワクと絶望感)という感覚





その今までいた世界(出ると決める世界)が私との世界になる日が来るんだろうなと思ったら、急に泣けてきて泣けてきて






あと、数年かもしれないこの時間がものすごく貴重な日々に思え体が震えました。
なんというか、あなたたち一緒にいていいよと神様からポンと今もらった時間的な





お兄ちゃんが産まれたときから2番目くんのときも末娘ちゃんのときもそう感じて生活していたのですが、反対バージョンの子供側というのかをやりきったら今の私にはその体感がもっとダイレクトにくるようになった気がします。



おかげさまでずいぶんと軽くなってあんまり考えることがなくなった私は最近子どもたちととっても仲良しです。



なんかよくわからないけど最近よく4人で抱き合ったりしています。(円陣?)
なんか嬉しい



そんな幸せな日々です。



ありがとうございました。😊