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日々、青春謳歌

私には私の風が吹く🌴「嬉しいな」「いい気分」を発信していきたいなと思っています✌

いろんな脳の使い方🔍🔍🔍


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ディスレクシアなんか怖くない』から引用

 

 

 

ディスレクシア的な脳をもった子供が、生まれてこのかた物事を認識するために駆使していた独自のやり方が全く通用しない。それが彼らにとっての学校という場所です。


黒板に書かれた文字を単語として理解できず、ひどく混乱するだけではありません。
これまで上手く使えていた、彼の脳の特性にあった非言語的認識方法は、黒板に書かれた文字を必要以上に複雑なものとしてとらえてしまいます。


前にも述べましたが、文字の捉え方が少なくとも40通りはあるということは普通の子供に比べて40倍文字を理解しにくい状態にあるということでもあるのです。


こういった現象が起こるのは、ディスレクシアの子供が黒板に書かれた文字を単語として抽象的に認識しようとしているのではなく、物体として具体的に捉えようとしているからだと私は考えています。

 

 

 


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もし、教師がなんだかわからないようボール状に丸めた子猫のぬいぐるみをみせたとしたら、ディスレクシア的な脳をもった子供であれば瞬時にそれが何か見破ることができます。

その程度のことは学校にあがる3年も前にすでにできていたことなのですから。

ですが、教師はぬいぐるみをみせた訳ではなく黒板にCATという文字を書いてみせました。
言葉を媒介しないで、瞬間的に物事を認識できるディスレクシア的な知覚はここでは全く役に立ちません。
それどころか、文字を3次元の線の集まりと捉えていろんな形で認識してしまいました。
そのため彼はますます混乱してしまいます。

 

この彼の認識方法を、違った観点から考えてみるとどうでしょうか。
ディスレクシア的な子供は黒板に書かれた文字から40通りものデータを脳の中に蓄積したともいえます。
そのうち39のデータは間違ったものになります。

この膨大なデータの中から、正しいものを選び出すには消去法しかありません。ただし、誰かがやり方をみせてくれるわけではなく、また教えてくれる訳でもないのです。
彼は自力で方法論を見つけるしかありません。

 

 

 


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いずれにしてもディスレクシア的な能をもった子供は黒板に書かれた文字を見ながら、頭の中で消去法を駆使して正しい答えを選ぼうと苦心します。

ところが、そういった作業を頭の中で行っているとき、教室内を回っていた教師がそばでこんなことをいったりするのです。

「あてずっぽうに答えてもだめよ。ちゃんと、ほら、こうやって、、、」
確かに彼がやっていることは、外からみれば当てずっぽうにみえるでしょう。
でも、実際はそうではないのです。


黒板に書かれたCATという文字をCATという言葉に認識するためにあらゆる努力をしているわけです。

認識しようと頑張っているときのディスレクシアの子供の脳は一般的な子供の脳よりも4000倍は働いているといっても過言ではないと私は考えます。

ですが、どれだけ脳を高速回転して思考を巡らしても、その一方で4000倍もの作業をこなして答えを模索しなければならない分、外見からは動作がのろいように見えてしまう。

 

 


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さて、教師がそのような指摘をしたとしても、そんなことはたいしたことではないと思うかもしれません。ですが、その子が学習障害になるのはその一言で十分なのです。

もともとディスレクシア的傾向のある脳をもっていたとしても、実際に第三者から「きみのやり方はおかしいよ」と指摘されるまでは読み書き困難を感じて、戸惑ったり、情けなく思ったりはしないのですから。

 

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繰り返しますが、ディスレクシアの子供は自分が物事を認識するときに消去法をつかっていることすら気がついていません。
3つの文字で綴られる単語を認識するとき、自分の頭の中には39通りもの不正確なデータも一緒に存在していることにも気がついていないのです。


もっというと、自分の脳のタイプを考えたとき、不正確なデータを削除する方法が正解を導きだすための唯一の方法だということにも気がついていません。

小学校の中学年くらいのこどもは何かを推察するということと、失敗するということの違いなど、わかるはずもありません。
ひたすら、自分は間違っているにちがいないと思ってしまうのです。


もちろん誰だって失敗はしたくありません。
だから、しっぱいしたときに腹がたつのは自然な感情だといえます。
ディスレクシアのこどもも、当然そういう反応をします。
ですが、教師は彼のそういった感情的な反応をみて不快に思います。


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つまり、ディスレクシアのこどもが自分の失敗に対して腹をたてるようになると、まわりの人間も腹をたてるようになり、それがいっそう彼のストレスを強めます。

ディスレクシアのこどもがはらを立てるのはただ、単に他のものと同じように簡単に理解できるはずの言葉が理解できないから、、、。


どうして?なぜ僕にはわからないの?そんな混乱がますます彼を怒らせてしまうのです。


こうなった時点でディスレクシアになるための必要な精神的苦痛はすべて揃ってしまったと考えられます。

 

 (引用 ディスレクシアなんて怖くない

著者デイビス,ロナルド・D.
1982年、カリフォルニア州バーリンガムにリーディング・リサーチ・カウンセル、ディスレクシア矯正センターを設立する。以来、何千人ものディスレクシアの人々の読み書き他の学習能力の向上に成功してきた。1995年、デイビス国際ディスレクシア協会を創立し、世界中のセラピストや教育者に彼のメソッドのトレーニング研修を行っている

竹田/契一
慶応義塾大学大学院博士課程修了、医学博士。日本インリアル研究会会長。大阪教育大学名誉教授、大阪医科大学客員教授。現在、大阪医科大学LDセンターでLD児の支援を行っている

品川/裕香
ノンフィクションライター)

 


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ニコチャンの個人的考察


この引用のなかの39通りの不正確なデータというものについて私は以下のように思っています。😊



質問者 「はなの長い動物は?」

回答者  「ぞう!」

質問者「あったり〜!じゃあ、これは?」


質問者ぞうの絵をだして、鼻を指さす。

質問者の希望の答えは「はな」


回答者 「ぞう!」

質問者 「そうだけど、ちがうんだようなぁ、はなだよ」

ていう感じで、質問者や答えるべき問題があるときの答えからはずれたもの=不正確なデータと
私は捉えています。


こっちの39通りのデータの方が必要な場合って結構あるよね〜て私は思っています。


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教育経済学者の中室牧子さんは教育政策にエビデンスをと主張されています。


日本の教育政策にはエビデンスが必要だという考え方が欠如しているとも。

貧困の世代間連鎖を断ち切るためには、まず自治体で、少ない予算で高い効果をあげられる政策をあきらかにする。

 

 

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池上彰さんが

MIT(マサチューセッツ工科大)を視察したとき

「最先端を教えているんですよね?」
ときくと

「最新の技術なんて4年で陳腐かしてしまうから、そんなことを今教えたって意味はありません。
常に最先端のものを作り出すためのベースになる力をみにつけてもらことがわれわれ、MITの役割なんです。」とのこと

すぐ役にたつことはすぐに役に立たなくなるという考えですねとおしゃっていました。

 

 


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佐藤優さん

東南アジアの大学生は英語を流暢にはなせます。大学をでればきちんと話せる。

日本の大学生はと比較せれがちだけれど、東南アジアでは母国語では訳されていないので高度な学術用語がなく世界のトップレベルの学問を学ぶには英語を習得するしかない。


日本は明治以降福沢諭吉をはじめ海外の難しい学術用語を日本語に置き換えてきた、自国で高度な学問を学べるように。

そういうことをしらずに大学を卒業しても英語ができないのはいかがなものかというのはそれこそいかがなものでしょうかとおっしゃっています。


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私は帰納法というのかそんな感じで日々過ごしています。

 

 

自分の居心地のいいところで、好きな世界を学んだり、参加出来るといいなと思ってます😊💞

楽しみ。😌💞

 

 

 ありがとうございました~💕

 

 

 

 

 

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ありがとうございました~💕