タイランド②
ディスレクシアなんて怖くないの引用について、「正しい」「間違っている」ではなくそういう考えもあるなあ、面白いなあと捉えるのが自分の感覚です。
考え方もひとつのツールというか、鉄のフライパンでもいいし、フッ素加工されたフライパンでも、それを使う人間がいい気分や面白がれるものであったらなんでもいいかなと感じています。
サピアウォーフの仮説、ネットサーフィンしただけですが、、その中にあった、個人で言語以上の感覚を知覚することは十分考えられるが、言語がないと議論することが難しいとの記述をみて、思い出したことがありました。
昔、タイにタイ古式マッサージ(日本の学校経由で)を学びにいき、現地の方の寮(マッサージ店で働く皆さんの)で一緒に生活したことがありました。
余談ですが初めの初級編一週間は授業の間は日本の学生さんもいたんですが、次の中級編の受講生は私一人で通訳さんもそのせいなのか?違う仕事にいっていなくなってしまいました。笑
実際に働くかたからマンツーマンで教わりました
お互い母国語が英語ではなく、言語による意思疎通はほとんどなかったような気がします。
(挨拶くらい)
そのときそこに暮らす皆さんが色々と面倒みてくださって(日本人は私一人でした)、毎食だれかしら声をかけて一緒に食べてくれたり美味しいところに連れて行ってくれたり、朝のジョギングやエアロビにも誘ってくれたり、仕事以外の時間は楽しんですごすことができました。😌💞💞
ただ、そのとき感じたのは(英語もほとんど、通じませんでした)その土地の言葉で話せないと自分は子供、もっといえば幼児みたいだなぁということでした。👦👧👶
(最後の方は、多少現地の言葉も使って何時に終わるの?みたいなことは話せるようになりました。)
会話においてなら日本にいても日本語も片言の私ですから(短文、単語メインに近いかもしれません)切り捨ててしまったものだらけです。(笑)
ただ、上記の寮生活のとき言語を介さずとも十分事足りていた気もします。
例えば私がもってきた日本食を皆が味が物足りないからこんなスパイスいれてみたら?と盛り上がってみたり
風邪をひいてしまったら(何年かぶりにそこで高熱をだして寝込んでしまった、フロア一体型だったのでシャワー室もクーラーが聞いていたり、室内と外の気温差(クーラーはどこもガンガンでした)が大きかったのが大きいかなあと思っています)病人食と薬を家族のように普通にもってきてくれて、交代で快方してくれたり。
ちなみに寝込む寸前な死ぬほど喉が痛くなり、薬屋さんでうがい薬みたいなものはないか聞いたらリステリンを渡されて、確かに🙎と思いました。
そんな寮生活でしたので一緒にご飯食べて、遊んでなんか楽しいねと、お互いに(私はもちろんですが)感じられていたように思います。😌💞
ちなみにはじめてのタイはこちらです。
私はあまり人に○○したとか、報告する習慣がありません。
忘れてしまうというか(笑)
だれかが話していて、ふと一人で思い出すとか、その場の雰囲気で話したりすることはあります。
ただ、その○○したこと、味わったことは私の細胞に何かしら働きかけられていて、わたしの選択する際の小さな道しるべだったり、料理だったり、考え方だったりに表れているだろうと感じています。
そんなことから、一緒に何かを体験、体感できる、できた相手はわたしにとって特別な気がします。
オープンクエスチョンといわれているものも、わたしにとってはある程度ひながたがあって、そこにのせているだけ、マニュアルがあるような感覚です。
こどもたちが1才くらいのとき、あるキャラクターが好きでその図鑑をよくみていたのですが、これはなんていうお名前?ときいても答えられなくても○○ちゃんはどれ?とひとつずつきいていくと何十種類ものキャラクターをよくわかっていて、驚いたことがあります。
ちなみに外で何かまっているとき等に、他の子供とかも混ぜて似たやりかたで問いかけてみると、みんな話さないけど、自分の好きなものについては本当よくしっていました。
こちらが彼らの世界をどれだけ知っているか、または、こちらの感受性によって、相手に対する評価はずいぶんと変わってしまうかもしれないと感じました。
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